Bluebelleのブログ

一キリスト者の雑感と日記。独り言が多く、更新は不定期です

聖書の読み方が変わって気付いたこと:福音書の物語の中の政治的背景

前回は聖書の読み方が変わったという話を書いた。そのせいなのかどうか、どうしてなのかという分析は省くが、新たに聖書の内容について気付いたことが多々ある。その中でも大きな枠として、①福音書の物語の中に書かれた政治的背景と、②パウロをどう受け止めればよいのか、という2点が、私の聖書理解に働きかけてくる。今日は1点目の、福音書に書かれたイエスの時代の政治状況について、以前通っていた教会での解釈や「理解の規範」と比較しながら書いてみようと思う。

 

さんざん書いてきたことだが、私が以前通っていた聖霊派の教会は、字義通りに聖書を解釈するところだった。その歴史的背景や文化、書かれた時期や各書簡の前後関係、執筆者の背景と事情、日本語への翻訳の問題、といったことは問題にはならず、むしろそれらを参照するのでなく目の前にある聖書それ自体が丸ごと「あなた」に与えられた神の言葉なのでともかく読めば分かる、というアプローチを取っているところだった。

しかしその教派ではない聖書の学びに出席し、それまで読む機会がなかったキリスト教書などを読むにつれ、福音書に書かれたイエスの時代の政治的背景を理解することで、福音書のイエスが意味するところが大きく変化した。分かり易くするために、あらすじという形で一部を書いてみよう。

 

以前の教会での教え:「イエスは何をした人か」

エスは弟子たちが律法を破ることを止めなかったり、ユダヤ教の指導者たちとは異なる見解を述べたりしたため、指導者や祭司長たちから憎まれるようになった。しかしそれは、罪がないのに十字架につけられ殺されることで、「死を打ち破り、復活するキリスト」という神のご計画をなすためには必要だった。そういうわけで、復活したキリストを信ずる者は、ご自分のひとり子を私たちの身代わりにして私たちを救って下さった神の愛を受け入れているということを意味するので、救いにあずかるのである。

→ 説教は主にこの語りでイエスを説明しており、たいていは「だから私たちはすでにイエス・キリストの弟子である」ので、弟子として十二弟子やパウロに従い、宣教のために人生を捧げましょう、と続くものだった。端的にいえば、「イエスはそういう神のご計画に抗わず従った犠牲の子羊」であり、信じるか信じないかを決定するときのステップになっている。ステップをふんで「信じる」と言えば十分であるため、イエスがどのような人だったか、それを伝えたり書いたりした人(たとえば福音書記者)はどのような人だったか、どんな目的で書いたのか、といったことは問われない。そのため、四つある福音書はどれも同じ話を書いているという理解のうえで、四福音書がつぎはぎにされて、一つの物語をなしているように読まれていた。各福音書は比較検討して読まれるのではなく、足りないところを互いに補うという、平面上のレイアウトのように扱われていた。別の言い方でいえば、このラインの物語の内容が時系列であるかぎり、四福音書の各部分はバラバラに切り取ってシャッフルされてもかまわないという扱い方であった。そしてこのようなラインを信じたと告白すれば、次のステップーー信じたので弟子として生きてゆくという弟子の段階ーーに進むのである。

 この信仰ステップのプランは、これ以上はイエスを語らない。イエスの物語についてそれ以上掘り下げることもない。ある意味、イエスは特殊な出来事で、救いを成し遂げるという限定的な目的を託された、後にも先にも人間になった神であるから、「弟子」となったワレワレは同じく「弟子」であったパウロや十二弟子を見習うのだ、という理屈で、弟子訓練に励むとか、教会活動に励む、といったように、弟子としての教会生活を行うことに重点が置かれる。

 

こうした読み方の根拠というか、基盤となっていたのは、どれも等しく神の言葉であり、付け足してはならない、他の書物などに照らして批判的に(疑って)読んではならない、という考え方である。また聖書に書かれていることは、歴史的事実と捉えられている。だから余計に、要約された四福音書のストーリーの共通部分が固まりとして提供され、これに色を添える程度に各福音書のフレーズなどが付け加えられるわけである。

 

その後出席した聖書の学びで知った政治的背景:

イスラエルは当時、ローマの支配下にあって、ユダヤ教は自分たちの祭礼や慣習を保持していたものの、政治的抑圧に苦しんでいた。その抑圧下にいた人々は、聖書に書かれた救い主が武力をもって抑圧から解放してくれることを望んでいた。そのような状況において現れたイエスは、人々が望んだような輝かしい救い主の姿からはほど遠かった。祭司や指導者たちもそのような状況の中、自分たちのアイデンティティともいえる文化と慣習を保ってきたのであり、イエスはそれに挑戦した。律法を守り神に最も近いはずの彼らが、罪の無いイエスを十字架につけて殺すよう、自分たちの律法の支配の外にあり、つまり神に従った判断ができないはずの、自分たちを抑圧するローマに要求した。当時死刑を宣告できたのはローマだけであった。ユダヤ人たちの律法では罪に定められないという事実にあきたらず、彼らは異教のローマに人の罪を裁くことを要求したのである。しかしこのローマもイエスには罪は認めなかった。それなのにユダヤ人もローマも、罪がないのに死刑にするという判断を下し実行したのである。

→ この部分は先述のシンプルな「イエスとは何をした人か」で書いたほんの一部でしかない。しかしこうした歴史的背景を理解するだけで、人間が律法を扱い正しくあれることの限界を、ユダヤとローマを通じて理解することができる。そして期待された救い主の像とイエスの違いが分かり、それがことさらに「武力にも地位にもよらない」救い主が何を人々に語り行ったか、ユダヤ教の指導者たちと何が違ったか、などなどを浮き彫りにするのである。

 このほかにも、四福音書を書いたそれぞれの記者の背景や意図といったことも考慮の対象になるが、とりあえず置いておこう。先述のストーリーからは、こうした理解は抜け落ちている。説明をする部分の理解を厚くするからイエスに目を留めることになるのはもちろんだが、それ以上に、こうした考察が聖書の記述と相まってはじめて、こちらに語りかけてくることは重要だと思う。そして、続きは次回にするが、イエスという人に自分は本当に出会えているか、知った気になっているだけではないのか、そこに書かれた弟子たちのことも分かっているのか、彼らが持った信仰とは何だったのだろうか、と自問することにつながる。

 

正直、こうした知識はキリスト教学校に行っている人の常識だろうが、恥をしのんでも書いておかねばと思った。聖書を電化製品のマニュアルのように読むことと、検討しながら読むことは、ぜんぜんちがう。後者の豊かさは知識を付け加えるから出来上がる量的な豊かさではなく、質的な豊かさだと思う。それを言いたくて書いた次第である。