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Bluebelleのブログ

一キリスト者の雑感と日記。独り言が多く、更新は不定期です

この半年のこと: ①教会の総会を初めて見学

なんと前回ブログを更新したのは2015年12月であった。

半年近く間が空いてしまったので、その後の私の気づきや変化、とくにキリスト教信仰と関係のある個人的な話を書いてみようと思う。

 

去年は新たに顔を出していた教会で、総会というものがあり、誰でも歓迎というので出させてもらった。前に行っていた教会には総会というものはなく、私にとっては初めてのことだった。いったい何が議題となるのか、話し合いの姿勢(意思決定)の実際など、実際に見てみたかった。そんなの見る必要ないかもしれないが、いままでどこでどうやってどんな話がどう決まっているのか全く見えない教会にいたので、むしろこんな「当たり前」のことを自分の目で見てみたいと思った。

ある意味、自分の不信感や不全感を放置しないための行動だったと思う。

 

総会では、役員も教会員もそれなりに発言して意見を述べており、「それって教会ではちょっとどうなの」的な話を内輪で「まあまあ」と丸く収めたい人もいれば、丁寧な言い方でも「ダメなものはダメ」と釘を刺す人もおり、こういう公共の場で参加者が自分の主張を明確にできるのは良いと思った。まあ、この総会以外にも可視的な意思決定の段階があるだろうし、不可視の場もあるのだろうし、それらがどうまとめられるのかは分からないが、全く見えないよりはずっとよい。というか、思いのほか自分が言うべきことを自然に言っているかんじの人が多くて、風通しのよい意思決定プロセスの大好きな私にとっては、こういう場ってあるんだーと感心したくらいだ。

長老制の教会や会衆制の教会ではまた違うのだろうけど、見せてもらってよかった。

 

しかしその後、とくにご年配の方々から、熱いまなざしを受けるようになったが、自分には引き受けられないと思い、顔を出すのをやめた。

お年寄りが多いから、少し年下なら…と思ってしまうのは分かるが、私はいまだに求職活動中で、うつ病の回復の様子を見ながらパートを始めたいと思って動き始めたところだ。私は求職活動中だから、職が定まってから行ったほうが、「いろいろ手伝ってほしいx無限」の波に飲まれないためにはよいと思う。

1代目の教会は世代交代に当たってどうするのかな



お百姓見習いのトンちゃん様という方が書いていらっしゃる、「どこかに泉が湧くように」というタイトルのブログを拝見し、2013年2月に書かれた記事が、今の私が持つ感覚とよく似ていると思った。


http://spring496.blog.fc2.com/blog-entry-200.html


しかし私が自分のブログに書いてきた、私が以前通っていた聖霊派の教会は、すでに2015年も暮れようとしているこの時期に、イベント路線をまっしぐらに進んでいるようである。


消費文化に誘導されていること、イベントに頼るしかアイデアがないことなど、教会の外を見るまでは「教会とはそういうもの」と思っていた。

ちょっと考えれば分かりそうなものだが、以前の私はこのトンちゃん様の記事のような意見や情報に今まで接していなかった。見聞を広げ過度の一般化をしないよう気をつける姿勢を持っていなかったことが悔やまれる。


そうしたライフスタイルや教会の活動のモデルなどに限界を感じるという点は私も同様だ。

上記のトンちゃん様の記事は、そのことをすでに2年前にご指摘だったというわけである。


私はその教会を離れたが、アメリカ風の大衆伝道型イベントと消費文化の組み合わせこそがキリスト教なのだと信じる前の教会の人から連絡をもらうたびに、複雑な気分になる。


なんで今さら大衆伝道型イベントなのかという問題には、私が思うに、たぶん2つの理由がある。

一つ目は、戦後にできた1代目の教会として、将来へのビジョンというと、「大衆伝道型イベント」モデルやスタジアムのようなメガチャーチ建設しか思いつかないこと。

元々他の教会との親交が薄いうえに、同じような教会にしか目が向いておらず、広くプロテスタント諸派を知ろうという姿勢はない。

なぜこの時期に積極的にイベントに手を延ばしはじめたのかと言うと、世代交代に当たって、先へのレールを敷きたい、その上で次の世代にバトンタッチしたい、その際ビジョンが必要だ、というわけみたいだ。

それで今さらイベントに積極的に手を貸し始めているようなのだ。


二つ目は、これまでのその教会の意義を、時代背景をすっ飛ばして「今」確認しようとしていること。

その教会の一世代目の人たちの話を聞いていると、存続が何にも優って重要だと思っていることが伝わってくる。自分たちが立て上げた教会であるとの自負から、次の世代に受け継がれるかどうかが教会の価値を表す、つまり次世代が「今まで「この」教会がやってきたことの価値」を認めれば引き継がれ、価値を認めなければ捨てられるように考える人もいるようだ。


存続より、信仰的に成長の助けになってるかどうかのほうが大事、と私は言いたい。そして、最近多くを学んでいることは、聞かれるたびに伝えてきた。

その教会に行かなくなってから(実はむしろ離れてからのほうが)、とはわざわざ言わないけれど。


でもこうなると、正論かどうかという問題ではないんだよな。感情的に、教会が「今まで」取ってきた歩みの価値を、「今後も」同じ方向でやる、と表明することで、これまでの価値を測ろうとしているわけだから。

何だかんだ言って、教会運営は、1代目の人達の人生プロジェクトだったわけだから。

そうやって感情的に確認したいという年配者に正論を言っても、愛のある対応というより、正論振りかざしにしかならないよなあ…。


私はトンちゃん様とは違い、今、自分がそこで育った(受洗は成人期以降だが)ことは脇に置いて進める状態になりつつある。だから傍観者的に考えたのだが、その「アメリカからやってきたかっこいいキリスト教」路線で行くにしても、世代間のギャップを埋めるのは大変だろうなと思う。

教会に限らず、教会外にも言えることだが、まずもって経済力が違う。そして大きいことは良いことだという感覚もない。

とても実践的な地平に立った話をするなら、若者をターゲットにするにしても、シュミがズレていると思う。今の若者と付き合いがあれば分かると思うのだが(キャンパスを歩いて観察してみると良い)、昔の若者に通用したスタイルは、現代のポップカルチャーとは違う。ヒップホップのはるか前のスタイルだもの。


いずれにせよ、次世代に「確かな」道を用意してあげたい、という善意からこのような状態に陥っているのが分かるぶん、複雑な気分 というか心が痛む。


これまでのスタイルしかない、と思わず、諸派に目を向けてほしい。まあ、これまで「感動に満ちたバンドのワーシップ」で単独でやってきた人達だし、そのスタイルこそが教会の特徴となっていたわけなので、パイプオルガンの教会のスタイルを学ぶなんて、プライドを捨てなければできないことではあるが。


そして、正直なことを言えば、彼らがバトンタッチしようとしている教会内の若者たち(男子に限定されている)は、今まで親元を離れたことがなく、「自分でやってみる」ことをしないで来てしまった人達が大半だ。

安全で安定した道を用意してあげたいのは、分かる。しかし、今がバトンタッチ前の準備期間であるならなおさら、他の教会の働きに加えてもらって親元を離れて学ぶなど、広くプロテスタントの教会を見る機会を得たほうが良いのではないかと思う。


それにしても、トンちゃん様の記事からも分かるように、同じような分岐点に立つ教会は、実は相当数あるのではないだろうか。


今の私にできることは、やはり祈ることだろう。


【疑問と愚痴】 福音派と聖霊派はどんな情報と接しているのか

 

私はツイッターやブログで私と似たような意見や関心に出会うことが多いのだが、前の教会の人たちも同様に、似た者同士の環境を作って意見を固めているんだろうか、と考えた。

便利ではあるが、私も含め、ネット上の人間関係を似た者同士で固めてしまいがちだと、異なる意見との対話が起こらない、という指摘がたまに見られるが、たしかにその危険はあり、耐性も低くなりそうな気はする。

 

私は電話番号やメールアドレスを変えていないので、以前通っていた教会の断片的な話やお知らせなどが今でも入ってきて、ついいろいろ考えてしまう。

 

だいぶ前だが、ラインで「今も「ちゃんと」教会に行ってるのか」、「行っているならどこの教会なのか」と聞いてきた人に、最近お邪魔している教会の教派を伝えると「なにそこ?韓国系?」と反応された。えー、誰でも知っていそうな教派だがなあ…と思いつつ、いや、福音主義の伝統的な教会だ、新しい発見がいろいろあるよ、と返答したら、「うちの教会のほうがアイデアに富んでいる」と言われて話がおわってしまった。

 

その後、六本木での「バイブルスタディ」に誘われたが断った。話の様子では、実業界で「成功してる人々」が集まっていたらしい。

また、先日のフラ伏クリン・グ伏ハムの集会には前の教会の牧師一家が動員され、ステージに乗ったらしい。あれだけ小規模で会堂も持たず、他の教会とのつながりも弱い教会の牧師一家が、いきなり大きな会場のステージに乗ったら、かなり気分は高揚すると思う。案の定、立て続けに、どんなに素晴らしいか恵まれたかといった高揚したメールがやってきた。メガチャーチを目標にするという炎に、「油が注がれちゃった」のだろう。

 

一方、私が普段拝見しているブログでは、福音派聖霊派の自浄力のなさや、新興宗教的な側面を指摘していたり、福音理解や宣教のあり方に向き合う方たちがおられ、神に忠実であろうとする探求の姿勢が伺える。私はこちらに共感を覚える。

 

それにしても、「なにそれ韓国系?」という前述の言葉から分かるように、前の教会の人びとのいう「キリスト教会」は、激しい祈りと聖霊の満たしと奇跡に彩られたドラマチックな教会だけを指しているのだなあ、とつくづく思う。讃美歌を歌うような教会はアウトなんだろうか。

いったい、ふだんどんなメディアと接しているのか、どこからどんな情報を得ているのか、不思議でならない。

 

でも、九条と聞いたとたんにアレルギー反応を起こすその教会の教師の方が、テレビドラマに出てきた古いキリスト教団体の展覧会に行って「やっぱりキリスト教はすごいから~」とか言っていたことがあったのを思い出した。その団体ってあなたが嫌う社会活動をしてるんだけどなあ、と複雑な心境で聞いていた。ひょっとしてそういう人の評価ポイントは、「有名」かどうか、という一点に尽きるんだろうか。

 

戦後福音派聖霊派と、それ以前のキリスト教会とのあいだに、互いに接し、対話する機会はあるんでしょうかね。

福音派聖霊派の「牧師」や「教師」たちが、もし…仮に「もし」だけれど…キリスト教メディアを目にしているなら、そういうところで対話のきっかけが作られる可能性はあるのではないだろうか。好戦的な繁栄の追及が、本当に神の望まれることなのか、問い直すきっかけと接してほしい。

 

短い説教の礼拝にて感じたこと



最近お邪魔している、伝統的なプロテスタント教会の礼拝に出席した感想を書いてみようと思う。


以前通っていた聖霊派の教会との比較になるのだが、そこの礼拝は以下のような構成になっていた。


ワーシップソングを歌う(30分)

アナウンス(5分)

席上献金(歌いながら、10分弱)

祈り(3分)

説教(45分)

ワーシップソングを歌う(5分)


最初のワーシップソングの時間と説教の時間がとても長い。

しかしこれでも短くなったのである。

以前は説教は一時間では収まらなかった。一時間半を超えることもしょっちゅうだった。しかしその教会が属する教派を設立した牧師が、礼拝にも時間管理を忘れない、時間で区切って進行すること、との方針をわざわざ強調してくれたため、やっと一時間以内になったのだ。


最近お邪魔している伝統的な教会のほうは、礼拝の進行が書かれた週報を渡してくれる。それを見ると、礼拝の構成と内容がよく考えられていることが分かる。

賛美歌も何でも歌えばいいってものではなく、賛美歌の内容が、その日の説教や祈りと一致して、礼拝のテーマを貫くようになっている。

そして罪の告白の祈りの時間が取られており、使徒信条や、主の祈り、信仰告白が礼拝の中に入っている。


そして通常の礼拝では、説教が15〜20分くらいでさらっと収まる。

これはその教派に共通するのか、その教会だけなのか分からないが、私としては説教が突出しておらずあくまでも礼拝の「部分」なのだと認識する機会になった。特定の牧師の説教が礼拝のメインというのではなく、牧師はあくまでも儀礼を取り持つ人で、その週の聖書通読と信仰生活に向けて信徒の補助になる説教をするという印象を受けた。

つまり牧師の説教の比重が小さく、そのぶん、牧師の言うこと以外の要素の重要性が際立って見えた。


まあそれが良いのか悪いのかは人それぞれだろうけれど、私にとっては新鮮であった。そして礼拝の儀礼としての側面について考えるきっかけになった。


小規模な一代目の教会での経験から近代との関係を考える(最終回)

 

このシリーズでは自分がこれまで通ってきた聖霊派の教会を振り返り、自分の教会経験が限定的であることを自覚しようと書いてきた。

その後ほかの教会に行くことで、以前の私の経験と対比することができ、今後自分の信仰に大切になるだろうことに、いろいろ気付いた。今日はその一つとして、「世」との関係と、「憐れみ」を考えてみたい。

 

この一年ほど、いくつかの聖書の勉強会や伝統的な教会に顔を出し、聖書を熟読する機会を得た。また以前このブログで書いたように、「公同の教会」の意味を熟考する必要があるなと思っている。

 

私がこのシリーズで書いてきたことは、結局、近代化という状況に飲み込まれ、その表層を真似た教会で、個人の過去と歴史的な過去を混同し、天から降ってわいたようなアイデンティティが出現したかのように想定して地を生きてしまったことへの反省である。それは、まるで100%霊的存在になり得るかのようにクリスチャンを定義するという点で、物質性や地にはたらく自然の理を含め、現実を否定するものだったのだ、と今は思っている。だからこの世を敵対視して自分たちの世界を作り、「信仰が足りないから癒されない」とか、「考えず、ただ信じて(教会が決めたように)行えばいい」とか言っていたのだと思う。

しかしこれは一種の乖離した「天と地」観である気がする。その理屈とは、「地」つまり「この世」に生きるクリスチャンはすなわち「天」の現れであるが、しかし地とは交わらない。物質を使用するという現象においては関係をもつが、それ以外の点では世とは関わりがないというクリスチャン像だったのだと思う。

 

◇ 「世」をいかなるものと認識するのか

 

哲学者たちが証明しようと苦闘してきた「神」のいる世界に住む私たちが、「神」を認識しない「世」といかに関係するのか。また、「世」を如何なるものとして捉えるのか。

証明できないものの存在を信じることは、近代的理性にとっては不合理であるから、近代のクリスチャンはその矛盾を抱えつつ、さまざまな形で信仰を保ってきた。私が通っていた聖霊派の教会は、異言や奇跡を重視していた。私が思うに、「天」から乖離した「地」に生きるという文脈において、「この世」からの乖離つまり異言や奇跡という「合理的でない神秘的現象」に「霊的世界」を見いだしていたのだと思う。だから地においても「聖霊に満たされた状態」すなわちアメリカの大衆伝道で人が倒れ群集が涙を流す、笑いつづける、といった、理性が働かない状態を、「神の世界の出現」と受け取る。つまり非理性的な状態は神の霊に「支配」されている状態を意味し、人間が理性を「明け渡す」ことの証左なので、好ましいということになる。大衆伝道集会的な狂乱に酔うことに時間を費やせば費やすほど、地を見ないで済む。しかしそういったことにうつつを抜かしていると、世との乖離はどんどんひどくなる。そうやって世の中との溝は深まってゆく。

そうした乖離ゆえに、言語も独自のものができてゆく。またいろいろな方法で世との断絶を実践しているインフォーマルな教師たちがいた。自分に反対する者(ノンクリスチャン)は敵だ、あなたを注意した同僚は敵だ、と教えている人。家族の誰も英語ネイティブでないのに「西欧の言語である英語が最もクリスチャン的なので家庭では英語しか話さない」人。私が思うにそういった接し方だとクリスチャン、ノンクリスチャンに関係なく、人との関係を作るのが大変だよなあと感じるのだが、そうなった背景には、何らかの孤独になる経験があり、追い詰められていたからでは、と最近思うようになった。

こうした状況を見ていると、世は汚れた憎むべきものとして認識されているように思う。しかし神様は世を愛され、人を愛されているのではなかったか?神は私を愛して下さるのと同じように、ほかの人をも愛しておられるのではなかったか?

熱狂的陶酔の共有を神の世界の共有と同一視することは、そうした陶酔のない状態における神の不在を残念ながら意味することになってしまう。祭りのあとのように。そして変哲のない日常と、神の世界との連続性が見えない、という認識のまま進んでゆくことになる。しかしそれでは地を歩く足がふらつくだろう。いくらバタバタと倒れる聖霊降臨集会を増やしても、われわれは「未だ」肉体を持ち、再臨の前の段階にある。家族や友人が病気や死を経験する。そうした現実から目をそむけても、決して逃げられない。「それでも」神が共におられることを、現実において、信仰において、受容することができるか。

そもそも天と地はそのように遠く隔たり断絶しているのだろうか。稲妻のように聖霊が降り、人々が異言を語り預言をし酔ったようになったその時にだけ神の世界がつぎはぎのように出現するのだろうか。もしそうだとしたら、世を虚しく感じて当たり前だと思う。そうした虚しさが、自分は天と地との関係について誤解しているのではないか、と顧みるきっかけになることはあるだろう。私のように。

 

N.T.ライトの『クリスチャンであるとは』はまさに、こうした天と地との関係を認識するうえで、私の助けとなってくれた。似たような疑問をもつ人にはおすすめである。(けどしょっぱなから、一神教の神についての説明があり、私が通っていた聖霊派の教会の人たちは、ここですぐ本を閉じるだろうな、と思った。)

(11月20日訂正あり。1. T. ライト を N. T. ライトに訂正。ミーちゃんはーちゃん様、ご指摘ありがとうございました。m(._.)m)

 

◇ 地で与えられたものとの関係

 

地での歩みについて、さらに話を広げると、私たちは信仰によって神の恵みを「コントロール」しようとしていないだろうか、という反省に駆られる。自然資源も神が与えて下さったもの。癒しも神様がなさることである。信仰があれば与えられるというが、与えるかどうか決めるのは神であって、私たちが決めることではないのではないか。

それらのものは人間が「使う」ために与えられている、「どんどん生産してどんどん儲ければいい」と言う人たちがいる。自然資源の破壊や収奪は、神の恵みや奇跡によっていくらでも回復可能なので、われわれ人間は気遣わなくてよいのだという。さらに、何を食べたり飲んだりするか心配するのはやめるように、というイエスのみ言葉を取り上げて、農薬や遺伝子組み換えも放射能も全く気にする必要はない、自分たちは神の民なので害を受けないからだ、とまで言う人もいる。

しかし、それは本当に神様が喜ばれる態度だろうか。そして人に愛を伝える態度だろうか。私たちはイエスのなさったみわざを人に話すとき、相手に対して同様に、神を知っている優越的な態度を取っていないだろうか。そこに、共に地の現実を生きる友としての共感の姿勢はあるだろうか。神を知っているわれわれが真理を知っている、喰らえ!と伝道をするとき、それは支配的な姿勢である。暴力的な姿勢である。私たちが持つ神のイメージとは、そのような破壊と力と支配の神なのだろうか。

神はわれわれが動物や自然を管理するよう委ねてくださっているが、無尽に与えるのでしたい放題食い散らかしても良いとはおっしゃっていない気がするのだ。地で人間や動物や自然とどんな関係をもつか、その関係性に対話はあるのか。私は自然の中に神が宿るという汎神論はとらないが、それでも被造物としての自然に神のわざを見て喜ぶ。

とても卑近な例かもしれないが、スズメが枯れ草の中で遊んでいるのを見て、冬が来るな、と思い、雨が降れば「あのスズメは寒くないかな」とか、「草刈機に巻き込まれないといいが」と考える。そして神様は私のことを、こんなふうに見ていらっしゃるのだろうと想像する。愛というには稚拙だし、スズメよりも価値があると神様から言われている人間と、神様を比較すべくもないが、それでも、目に見えずとも、今日も途切れることなく、そのように神様はいらっしゃるのだと思っている。

そのような、地での他者との対話を、私たちは持っているだろうか。対話とは相手を知り、相手が自分を知ることだと思う。花が相手なら、香りを嗅ぎ、茎をなで、形を見ることも、その花を知ることの一部である。愛することは難しいが、知りたいと思うのは愛ゆえなのではないのか。「使う」のとは異なる方法で、人を知り、自然を知ろうとすることに、他人は愛を見るのではないだろうか。そして神様の創造のわざの一端を見て喜べるのではないだろうか。

 

◇ 「憐れみ」が必要な私たち

 

こうした一連の自問自答を繰り返し、いまだに続けているのだが、つくづく自分は愚かだな、と思わされる。上述のことは、自分にも当てはまるし、ほんとうの気持ちに逆らうようにして、一時期は私自身がこうしたことを行っていたのだ。「思い煩わず委ねる」というフレーズによって、人の言葉を吟味することなく、同調してしまっていたのだ。それで自分の信仰はどれだけ成長しただろうか。洗礼を受けたころと、大して変わっていないのではないか。そして今気付いたのは、自分の愚かさと、何事も知ってはいないのだなという実感と、それでも私が食べて、血と肉をもって生きられるよう、生かされているということである。

最近お邪魔している古い教会で、「神よ 憐れんでください」と歌うのだが、まさに神との対比において、私はあわれな者だと思う。その私を神が憐れんでくださる。涙を流してくださる。そのことが自分の信仰の中にはじめて姿をとったと思う。

 

◇ 「憐れみ」という語の意味

 

ルカ10章33節の善いサマリア人のたとえでは、サマリア人が半殺しにされた人を「憐れに思い、」介抱したうえ、もし看護の費用がかかるなら払うから、と宿屋の人に言って去ってゆく。この憐れに思う、「憐れみ」という言葉は、はらわたがねじれるほどの情熱をもって憐れむという意味なのだ、とある勉強会で最近聞いた。

そしたら、ミーちゃんはーちゃん様のブログ(11月21日追記:このサイトをお使いではないとのこと)で、バイブルスタディツールのサイト(英語)へのリンクが張られており、そのLexiconで旧約聖書ヘブライ語新約聖書のギリシア語から該当箇所を調べられるようになっている。

www.biblestudytools.com

 

これは助かる。ミーちゃんはーちゃん様、ありがとうございます!

(11月20日追記:  ミーちゃんはーちゃん様はもうこのサイトは使っておられないとのこと。コメント欄参照)

 

旧約で使われている日本語の「憐れみ」に相当する単語としては、ヘブライ語(読み方で綴ると)のkheh’-sed(ヘセッド)が代表的なようである。また’Racham’ (発音は raw-kham’)や、発音がrakh’-amで異なるが同じく’Racham’とアルファベット表記される単語は、憐れみのほかに情熱や子宮、内臓、柔和な愛などに英訳されているそうだ。

新約聖書のギリシア語でルカ10章の相当箇所を探すと、憐れみは’Splagchnizomai” (発音はsplangkh-nid’zom-ahee)だそうで、これは先ほど書いたように、はらわたがねじれるように感情を動かされる(愛と慈悲pityとははらわたの中にあると考えられていたので)、とある。

そのような憐れみというのは、いても立ってもいられず、その人を突き動かすような憐れみなのだ。そのような神の憐れみを乞い歌う私たちの姿に、私は旧約時代の民の姿を重ねて想像してしまう。罪を重ねていながら神に助けを請う民の姿である。そのような神の憐れみを必要としている、その告白と祈りが、いま自分ができることなのだと思う。そしてそれでも見捨てない憐れみ深い神を想像するとき、私はすぐに放蕩息子に駆け寄る父をイメージした。遠くから見つけると駆け寄って口づけする父。

 

単独で自分たちだけで頑張り、行き詰ってしまっている教会があったら、どうか自派だけで、自分たちだけで解決しようと無理しないでほしい。ほかのキリスト者たちとのつながりを作ってほしい。教会の外にも仲間がいると知ってほしい。牧師でも何でもない私が言うのもなんだが。

小規模な一代目の教会での経験から近代との関係を考える(3)

 

このシリーズではまず、なぜ私が近代とポストモダンに引っかかっているのかを、まえがきとして書いたあと、(1)では戦後の近代化における文化の扱い、(2)では郊外マイホーム一世代目の教会の特徴を、戦後ぶ厚くなった中流層の出現の文脈で理解する試みをした。私がずっと通っていた教会の教会員は、戦後の生活の

「近代化」=「西欧(アメリカ)化≒キリスト教化」

という意味の文脈に位置するキリスト教であったわけだが、近代がここから脱落したらどうなるのだろう、という疑問を持ったのである。

 

ちなみに、前回(2)の私の記事を、ミーちゃんはーちゃん様が取り上げて下さっている。

「銀座、郊外、そしてあこがれの都市計画」

http://voiceofwind.jugem.jp/?eid=923

 

それを拝見し、まさに団地って、新たに核家族が「文化的」という名の衛生的で効率的な生活空間に住み、大量のホワイトカラーを供給すべく計画された住宅だから、絶好の例だなあ、と思った。

そういえば思い出した。私の事例に出てくる教会の地域も、鉄道がまずあり、団地ができてから、鉄道会社がその近辺の分譲を扱うという順を経ていたのだった。

ミーちゃんはーちゃん様、いつも楽しいお話を有難うございます!

 

本日(3)では、教会が位置するポストモダン時代の社会状況(望もうと望まないとにかかわらず)において、私のような信徒が何を心して進めるのかを、信仰以外の外堀から考えてみたい。

 

◇ 社会起業家ふう、でもやっぱり「デキるビジネスマン」がモデル

 

  前回のさいごのほうで、市場原理主義の中に神を位置付けるような不遜な真似をしていないか?と経済の旗を掲げた計算合理主義に対する危機感を表した。でもまあ、合理性については、計算合理以外にもいろいろあるので、合理性が問われるのは市場経済特有の話ではないのだが、ビジネスマン的なハウツー本や一般書を通じて、効率という価値は、形を変え品を変え、日常の諸所の場面に浸透している。

  私が前に通っていた教会では、そういうタイプの本の「クリスチャン版」がよく参照されていた。「あなたの人生の成功法を教えます」*みたいな話のクリスチャン版。あと、「デキるビジネスマンっぽいスタイル」でノウハウや「説き明かし」を語る礼拝や説教をするのは以前からよく見たが、近年の若手の場合は、視覚的には若手社会起業家っぽいスタイルを意識しているのか、iPadMacBookとシンプルでさらりとしているがカチッとはしていない服装が定番みたいである(ちなみに戦後一代目クリスチャンの場合はマクドナルドだったが、その子どもたちの世代はスターバックスが「ライフスタイル」に重要みたいである)。

*例としては、「神はあなたに特別な人生を用意しておられるので、それを見いだしましょう」とか、「神にはあなたに対する計画がある」といったような題名で語られる説教がある。そしてその内容は「賜物を知る」とか「神に従う」とか「明け渡す」といったようなもので、神に服従し信仰を強めれば、自分に与えられた神の「特別な」計画や、「特別」な能力が明らかにされるという内容が、手を変え品を変え、聖書のいろいろな箇所を参照して延々と語られる。つまり一種の「自分探し」と「自己実現」装置となっている。

 

  それらに共通するのは、結局実業の世界が先にあり、後追いでクリスチャン版を作っているのだなということである。近年の「企業家」から「起業家」への変化は、いろいろ示唆的だと思う。社会福祉の民営化という新自由主義の波を反映して、福祉でありビジネスであるという、相容れない論理を抱えながら、「社会サービス」という名が福祉にとってかわり、自治体が民間に「委託」する形で行われることは日常茶飯事になった。福祉従業者も霞を食って生きているわけではないので、営利目的でなくとも採算が取れないと困るという点は認識される必要があるが、「ビジネス」と強調されることによって、ほかの産業と同様に考えられてしまうことは恐ろしい。サービスの対象は、コピー機やレジャー客ではなく、サポートを必要とする人間である。人間の扱いにビジネスノウハウが入り込んだうえ、「ビジネスノウハウ」がスタイリッシュに語られ賞賛されているところに、私はいやな匂いを感じ取る。

  たしか日本では神戸の震災を受けて、それまでの法人格が見直され、NPO法ができたのではなかっただろうか。それまで民間の援助団体などはNGOとして活動しており、国際援助の世界ではノンガバメントというのはガバメントに匹敵する決議権をもつほどの政治的アクターである。国連決議権をもつNGOの場合は、政府代表と並んで国連で決議権をもつのであるが(国内のNGOの人でも、このことを知らないという人は結構いる)、NPOはそういうことはなく、営利であるか無いか、公共のサービス提供を行うかが要である。ほかにも一般社団法人など別の法人格もあるが、いずれも公共の施策へと反映させることを想定されているわけではなく、アドボカシーなどを行うかどうかは、その団体によるとしかいえない。つまり市民社会的な役割が認識されているかどうかすら、けっこうあやしいのである。

  長くなったが、私が何を言いたいかというと、前回の戦後の経済成長期と同じく、現代でも、相変わらず広義の政治性については「見ざる・言わざる・聞かざる」が貫かれている。経済的な行為は推奨されても、市民社会性は否定される状況は綿々と続いており、市場経済による支配に対して無力なままである。そうした社会的文脈にある教会は、いかなる社会像を描けるのだろうか。

 

◇ 近代的個人から、目的-手段の監査機能を内面化した「客観的自己」へ?

 

…と話がそれたが、私は近代が崩壊して前近代に戻るというのでなく、新自由主義下で個人観も市場も特殊な形を強化していると感じている。前に紹介しそこなった春日直樹さんの『遅れの思考』

 

 http://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/4130130250/ref=mp_s_a_1_1?qid=1447587337&sr=1-1&pi=SY200_QL40&keywords=遅れの思考&dpPl=1&dpID=41nLQwxXUgL&ref=plSrch

 

がそういったことを書いておられ、その中でAudit Culture(監査文化)というものが取り上げられている。近代的個人という概念からの内容の変化を見てみると、目的を達成したかどうか常にチェックする、自己規律を(社会から)課せられた個人、そして自己責任に帰せられ、説明責任をもつ個人への変容が特徴だ。規範を内面化して「客観的に」自己規律を行うよう社会から要請される自己であり、自己が自分の目的と手段のチェックを発動するという。

で、ここからは私の理解と応用だが、現代の息苦しさの正体はこれか、となんとなくわかる。要するに、社会学のいろいろな人が論じるように、近代の個人の場合は、社会から切り離され、個人が計算合理的な行為主体であるよう、社会が要請していた(西欧の個人主義というのは、社会が個人をそう定義しているから個人主義なのであって、そういう意味ではどっちにしろ人間観というのは社会的なものである)。とはいえ、その計算合理性に倣わないこともできる。しかし監査文化の縛りが恐ろしいのは、そうした近代的個人の前置きを下敷きにして、「客観的な自己」になるよう個人に対して要請する点だ。個人はこの「客観的自己」(私の造語だが)への階段を上るべく、自分の外―それは「客観的」と「信じられている」科学や似非科学などであって、対面的な関係にある集団ではない―にある基準を常に参照して自己チェックすることで「「客観的」になろうと努力している自分」を遂行する。そしてこの自己チェックを繰り返す性質を内面化し、下位目標の達成に失敗すると、それを「客観的に」説明することを要求される。 

一見、「近代的個人」とそんなに変わらないように見えるが、監査文化の客観的自己は行動の選択の余地を自分の外部にのみ見いだす点が大きく違う。個人のプライバシーや選択もない(情報開示要求)。人生が途切れない目的‐手段の連鎖だけで埋まる。説明できない目的や、説明できない手段はあってはならないし、カウントされない。そしてそれが「自分探し」として行われるのである。そこで信じられていることは、人生の目的を知って、そのための手段を遂行し自己実現することこそが最上だといって人々に圧力をかける。

上記の教会の説教にしても、就活ノウハウの本にしても、「ご縁(キリスト教では言わないか)があって来ました」では済まされない。しかし人の人生って、そんなに機械的に管理しコントロールするものなのだろうか?

 

◇ 前近代への再帰とは異なるポストモダン

 

近代的個人からのこうした変化を「社会の復権」ととらえ、「(近代以前の)社会的個人への再帰」や「集団との調和」に見えるかもしれないが、「前近代的」と言われていた社会」とは違う。近代以前や前近代といわれた時代の東アジア以外の地域のモノグラフなど読むと、個人と地域共同体との紐帯や親族関係はまちまちだが、帰属する中間集団への忠誠心とか集団規範の縛りが日本の家父長制(家族だけでなく職場でも)に比べてずっと緩いことに驚く。その中の個人は集団への帰属意識はもつし、規範も共有しているが、最低限の成員資格をクリアしていれば(成員資格を厳しくするとコミュニティにはならないので。しかしこれやそこから派生した縛りにひっかかると「伝統的コミュニティは息苦しい」ということになるわけだが)、あとは個々の多様性というのは当たり前に見られているかんじがする。(日本の近代初期の人の逸話を読むと、私だったら人目を気にしてこれは言えないな、やれないな、なんてことを平気でやってる人とか、けっこうな変人っぽい人もいるのだが、今そういう人はいるだろうか。)しかし監査文化は、多様性を許容するかのように見せかけるものの、自己の内面へと踏み込んで、目的を持つよう要求する。また「客観性」にもとづく自己規律と自己チェックを要求する。監査文化において個人の多様性は、個人の外部にある「客観的な」レシピに沿う範囲においてのみ認められるのだろう、と想像する。大量生産大量消費の時代とはちがい、レシピは壮大な物語を提供するのではなく、複数の小さな物語(自分の目的とその達成)を選択肢として我々の前に差し出す。それらはトッピングやオプションも提供し、「あなたの意に沿っている」と言い、あたかも「あなた自身がこれを望み選んだ」かのように装うが、実はすでに定められたルールの中で組み合わせを選択できるようになっているだけなのである。そこには「嫌なものは嫌だ」とか「好きじゃない」といった反応は認められない。なぜなら規範を客観的で正しいものとして装備することが求められるからだ。しかしそのような自己であることを行為によって提示しなければ、抽象的な社会の成員資格が問われてしまう。だから目的のある自分とその達成を繰り返す。ほとんど神経症である。そして失敗するなら「自己責任」となる。なぜなら表向き、それは「自分探し」プロジェクトであり、実は社会的な意向ゆえであることは表面化しないからだ。

私はノウハウ本のたぐいに、こうした危険性を感じる。近代を経たがゆえに、匿名的で抽象的な「社会」が用意され、「客観=科学的=優越」のイデオロギーが受容されているだろう。しかし客観性への信仰に陥ってはいけない。客観性は恣意的なものだし、中立とも真理とも異なる。人生の目的とその達成手段を語るキリスト教会が、レシピを差し出しその中から選ばせて、教会員が自分で考えるのをやめさせてしまうことのないよう、監査文化の広義の政治性に絡め取られないよう、ことさらに意識的になる必要があると思う。

社会的、とか、集団的、というとき、われわれは暗黙のうちに公共性と「善」を想定していないだろうか。しかし社会は悪にもなり得る。集団は悪にもなり得る。教会は、ただ社会の要請を模倣して呑み込むことのないよう、注意が必要だと思う次第である。

 

◇ アイデンティティ

 

私が自分の信仰を見直したいと思ったときに、それまでほかの教会や教派や世俗や学術のリソースへのアクセスが嫌われる環境にいたため、そういうものを探すことから始めた。つまり教会単独の世界、読むのは聖書のみでいいという世界の外を知りたいと思ったら、自動的にそうなる。そのプロセスで、自分がそれまで通っていた教会を相対化することになり、教会は「この世(=ノンクリスチャン)」だけではなく、ほかの教会とも自らを切り離していたのだな、と思った。

その教会は、「私たちは神の家族」と言っていた。だけどそれは教会内のことを指すのだろうか。すべてのクリスチャンを指すのだろうか。なぜほかの教会と前に通っていた教会はこんなに違うんだろう。FEBCラジオに出てくる人の名前はほとんど聞いたことがなかった。知らない言葉がたくさんある。ほかの教会に行ったら誰も満面の笑みで近づいて「感謝しまーす」と言ったりしない。

このシリーズの記事で書いてきた、戦後の近代化の文脈における教会員と教会は、大げさに聞こえるかもしれないが、非キリスト者としての過去や、キリスト教の過去、日本の過去との断絶によって新たなアイデンティティを得ようとして失敗していたのではないだろうか。

アイデンティティを確認したいという思いは、人それぞれだろう。間に合ってます、という人から、アイデンティティという概念自体に疑いを持つ人もいるだろう。しかしその教会ではよく、キリストを信じることによって生まれ変わり、あなたの国籍は神の国になりました、とか、新しい文化を創りましょう、あなたにはキリストにあるアイデンティティが与えられており、それはほかでは見つけられないアイデンティティです、とか言っていた。つまり、キリストによる救いを信じる信仰に入り新たに生まれたから、そのアイデンティティがわれわれの人格的存在のすべてなのだ、と言いたいらしかった。別の文化、別のアイデンティティ、自分の過去からも社会の過去からも、国や世界の過去からも自由なまっさらのスタート。

しかし、アイデンティティも文化も、時間をかけずに指を鳴らしたとたんに出てくるものではない。上述のような「アイデンティティ」は、IDカード記載項目かのように誤解されているのではないか。また「文化」をカルチャーセンターで身につけられる教養や、エンターテイメントや、「文化というカテゴリ」で分類される行動ぐらいに思っているのではなかろうか。

C. リンドバーグという近世教会史がご専門の方が書いた、『コンパクト・ヒストリー キリスト教史』木寺廉太訳、教文館、2007というのを読んでいたら、その冒頭に、歴史家リチャード・ホフスタッターの警句(エピグラム)が出てきた。「記憶は個人のアイデンティティを紡ぐ糸であり、歴史は人々のアイデンティティを紡ぐ糸である」。リンドバーグさんは、私たちはヘンリー・フォードの「歴史はでたらめだ」という言葉を名言と見なすような文化の中に生きているが、過去を忘却することを安易に黙認する考えと、アイデンティティの欠如によってもたらされる危険に、警鐘を鳴らすために、この本を執筆したと書いてあった。またリンドバーグさんは、キリスト教徒は史的イエスが、死人のうちよりよみがえり、歴史を完成するために再び来られる歴史的なキリストでもあることを告白するとき、歴史に独特の解釈を施す立場を取っていて、それゆえキリスト教会のアイデンティティは歴史的な過去と歴史的な未来の両方に形づくられるという特質をもつと指摘している。要するに、キリスト教徒のアイデンティティは、自然や哲学や倫理でなく歴史に根ざしているというのが、この方のご主張である。(11月21日 1.リンドバーグ を C. リンドバーグに訂正)

この地にキリスト者として生きる時間の捉え方は、つねづね私が疑問に思っていたものだった。それについては別のときに書くとして、今回は過去からの断絶や、時間のない時間を生きることは、アイデンティティも、アイデンティティに深く関係する文化にも結びつかないと私は指摘したい。そして史的な事実としてのキリストの贖いをも否定するという矛盾にすら陥ることになる。

 

◇ 天と地に分離していない神の国を、地で生きること

 

こうしたアイデンティティ構築や文化創出の試みは、当時その中にいたときはカチンとくる程度であったが、今振り返ってみると、とても苦しいことだと思う。

私の場合は、伝統文化と呼ばれるもの―たとえば70〜76年に国鉄が行った「ディスカバージャパン」キャンペーン

 

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ディスカバー・ジャパン

 

の名残を雑誌で感じ取る程度にしか触れていなかったが、逆に消費者としてしか伝統文化と接し得ない後ろめたさや、商品化れた嘘臭さなどを感じて、引け目を感じたのも事実である。

 

バンクシーのWall art。大英博物館に展示してあるのが気付かれて撤去されるまで8日間だったらしい。現在はなんと収蔵さるているという(笑)。

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ほかにも私と同じように、「日本の伝統文化」に足をつけていない感覚をもっていた人もいるだろう。しかしその教会にはそういう人ばかりではなく、階層に関わらず生活環境では伝統文化の体系内で自分の位置があり、そこで共有される慣習や暗黙の了解のコードを読み解けるにもかかわらず、その教会を選んだ人もいて、昔ながらの教会には馴染みにくいという人もいた。だから高度経済成長下にあった郊外という条件は、当然のことながら、その教会のカラーを説明する唯一の条件ではない。しかし自分もなぜそこにいたかと考えたとき、こうした歴史的過去とどうやって関係を持つかを知らず、模索していたのだと思う。そして近代的個人を目指していたのは何もその教会の人達に限らず、私もそうだったのだ。

実のところ、この計算合理的に説明をつけたいという性癖は、近代特有のものというわけではなく、その人がもつ傾向という面もあるのでは、と思っている。つまり、特性。そういうことも含めて、近代を後にして、先に歩みをすすめたいものだと思う。

小規模な一代目の教会での経験から近代との関係を考える(2)

 

 たらたら更新をせずにいたら、ミーちゃんはーちゃん様が前回の(1)を読んで新たな記事に取り上げて下さっていた。

近代・西洋・開発あるいは発展という神話と銀座と教会 | 一キリスト者からのメッセージ

 リンクを貼らせていただくのは、応対してくださいとせがむような結果になっているかもしれないが(汗)、ミーちゃんはーちゃん様はそれにしてももの知りな方だと思う。地域開発や開発経済で使用される語や説明をたくさんいただいて、大変勉強になり、さらに私の記事の内容への補足もいただいた。この場を借りてお礼を申し上げます。

 (ちなみに、「文化だけを悪者にしてよいのかという問題の指摘」は、異なる言い方をしてはいますが私でなく、紹介した本が指摘していたものです。そして、文化の内実とか整合性とか記述の問題は、文化とはなんぞやという混迷の中で、私をさらなる混迷へとぶち込んだ別の論の傾向を私がさらっと表したものです。)

 

 さて、このタイトルの記事では、まえがきに続いて、私が通っていた聖霊派の教会を語る背景として、戦後の「近代=西欧(アメリカ)」化を書いた。

 近代社会のモデルに該当しない非西欧の文化は、戦後の開発(=発展development)に対する阻害要因と認識されていた。教会はそういった社会的文脈とは無関係ではなく、その状況の中で教会が設立され、運営されてきたのだといえる。

 その時代に限定するのは、あくまでも「私が知っている実例」を理解することで、その教会で人生の半分を過ごしてきた私に何が備わり、何が足りないのかを見据えるためである。開発援助をひきあいに出したので、施策レベル以上の位置からの話になりがちであるが、市井の人の目線で、つまり私やその教会の人々の生活の場レベルから、理解したいと思う。

 

◇ 「一億総中流化」の消費文化の中で進展してきた生活

 

 今振り返ってみると、教会だけでなく、私が生まれ育った東京の郊外も、上述のような「近代=西欧」化における特徴を強く持つ。信仰の一世代目のクリスチャンたちが、郊外に住居をもち、東京に電車で通い、専業主婦のいる家庭を築きつつ、教会をつくった。その過程は「生活の近代化」とともに進んで来た。ミーちゃんはーちゃん様が挙げてくださった、銀座という近代化の象徴は、戦前へ、そして海外へも射程を広げてくれる面白い事例になりそうだと思うので、いつか調べてみたいと思う。今回の事例にしている私が前に通っていた教会は、その銀座という近代化の象徴とはあまり接触がなかったタイプの人たちが集まっているので、郊外をキーワードにしてみた。

(しかしこの「銀座とあまり関わりがない」点に気付かされ、「古いキリスト教との差異化?」という考察のヒントになりました。再度ミーちゃんはーちゃん様、ありがとうございます。)

 

 1960年代に東京の郊外に居を定めた人たちが生活実感として近代的と考えたものは何だろうか。一般用語として「生活の近代化」を、電気水道、舗装道路、鉄道、耐久財(電化製品)のある生活と結び付けるのは、よくあるパターンだと思う。これらは直接的に物質性と購買力、技術力を意味していると私は思う。当たり前といわれそうだが、それらは生活の場や行動の構成要素となり、消費によるスタイルを作り出していたわけである。消費行動の意味とか消費財の象徴とか、象徴の消費とかいったことはちょっと置いておいて、こうした郊外の団地に典型的な、計画された近代的な生活というものが、私や教会員の背景にあった。

books.rakuten.co.jp

 (著者の経歴に「消費・都市・文化研究シンクタンク「カルチャースタディーズ研究所」設立」とあったので、だいぶ前に読んで参考にしていたのだが、その後なんだか変な指南本など書いているようで、ちょっと心配ではある。)

 

 

 で、私が考えるに、郷里や親戚から離れ、核家族を形成して郊外にマイホームを持った新たな中流層は、大量生産体制にともなう大量の消費者となり、消費財の所有は「中流」社会階層のマーカーとなった。厚くなった中流が消費する財は、同じ階層の他の人と同じく「人並み」なだけだった。たとえば一家(一世帯)に一台ずつの白物家電は、富の誇示というほどの飛びぬけではなく、新たな「最低基準」となっただけだし、現在でも生活最低基準の中に含められている。

 そうした生活レベルの向上は「近代化=西欧化」の名によってやってきたのであり、アメリカからやってきたキリスト教とは矛盾しない、と考えられてもおかしくないだろう。(今たまにお邪魔する伝統的な教会の一代目の年配の方々に、郷里でのお話を伺うと、戦後自分たちは宣教師のいる学校に行っていたのでストーブがあった、設備が使えた、食事が豊かだった、など周囲から羨ましがられたことを話してくださる。アメリカが戦後の日本に「豊かさ」の象徴として受け取られていても、何の不思議もない。)

 

◇ 消費が美徳という考え方はクリスチャンの生活と相容れるのか

 

 70年代は消費が美徳とされていたし、明らかに不道徳な対象でない限り、経済的消費は「危険」視されにくいと思う。「不便な生活(の昔の日本や途上国)のほうが心が温かく思いやりがある」などといった、時に勝手なロマンチックな妄想は、文学では白樺派などにも見られるらしいが、今回の文脈で分厚くなった中流の消費者のあいだに出てきたのは、ある程度「近代的な生活」が普及し進展してからもうすこし後の話しである。

私が前に通っていた教会のほとんどが、一世代目のクリスチャンだった。より古い教会との関係は持っておらず、清貧とか社会奉仕を美徳としたり実践したりするようなクリスチャンや考えとの接触はほとんどなかったように思う。

 

◇ 「近代化」=「西欧(アメリカ)化」達成のための善なる購買力

 

 日々の生活の中で何を「クリスチャンとしての善」と見るかは、自明ではない。しかしこうした生活基準の底上げと合致した近代化を、「アメリカ化-キリスト教化」として捉えた場合、消費による近代化はキリスト教化と矛盾しないとクリスチャンが考えてもおかしくないだろう。社会の発展に寄与する「購買力増大プロジェクト」への参加によって、アメリカに追いつく。それは善いこととして捉えられていたのかもしれない。

 教会では、「この世の教え」として一蹴されるものもある。しかしその教会では、クリスチャンで実業に成功している人は神から祝福されていると考える人がけっこういた。それをどう理由づけるのか私はつらつらと考えてきたのだが、「勤労」自体が禁欲的な修行(苦行)なので積極的に行うべきものとして捉えられ(「プロテスタント的?」)、その結果として購買力が高まっても徳を意味するだけであるとして、肯定的に受けとめられていたのではないかと私自身は勝手に解釈し読み解いている(こういう、金銭が祝福の可視化だと説明する論理は世の中にけっこうある)。政治や文化がタブー視されるのと対照的に、経済的活動は、目に余るような豪奢な消費や不道徳な消費に直結しない限り、問題視されないようなのだった。

 

◇ 古いキリスト教との差異化?

 

 つまり私が考えるに、この論理でいくなら、別に世との違いはあまりない。アメリカでは顕著なチャリティも「自分たち」の「新たな文化」に取り入れず、独自の発展を遂げたのも、日本社会の特徴だと思う。だから実際は、とても恣意的にキリスト教の要素を選んでいる。

 さらに、それまでのキリスト教との差異化を明確に打ち出しているともいえる。この一代目の教会は既存の日本の教会を模範としておらず、あくまでも戦後アメリカ人宣教師がつくった教会を中心にしているのである。考えてみれば、キリスト教書とあまり関わらない教会だったが、それなりに子ども向けの教材を買いに行くとかいう話が出ても、書店の中心は御茶ノ水クリスチャンセンターの本屋で、銀座の教文館ではないのである。御茶ノ水クリスチャンセンターや、いのちのことば社の設立と時期を同じくしているようである。

 現在見られる断絶の象徴としては、たとえばワーシッププレイズが挙げられるだろう。電気で楽器の音を増幅して演奏するワーシップは、戦前のキリスト教と視覚的な違いとしてはっきり現れる。それは(戦前からのほかの教会とはちがう)大衆的な「近代化」の可視化だろう。さらに、神学とか古い教会とかリベラルに関わらないように、「純粋さ」(それはずいぶん主観的な見方だよねえ)を保て、とか言われるけれど、それまでの日本を直視するのではなく、断絶する姿勢を選んだのでは、と考えてしまう。そんなだから、清貧とか社会奉仕とか修道院とかいったキリスト教史の中に見られる思想 ― 経済的発展に邪魔になりそうなもの ― は嫌われていた。

 でも私は今、中には私の信仰の助けになる先人の知恵もあるかもしれない、とキリスト教書などをちまちまと読み始めているところである。

 

◇ キリスト者として成長してゆくには

 

 そういうわけで、私が前に通っていた教会で自分がキリスト者として成長できるだろうかと考えたとき、自分には良い環境ではないかもと思った。ハーレーダヴィッドソンに乗るかっこいい俺たちの集まる、デカい、感動にあふれた教会を目指す、という消費社会的での発展段階を踏んでいることだけが落胆の理由ではない。

(ミーちゃんはーちゃん様の記事で、70年代ごろのアメリカで「大きいことはいいことだ」が目指された、とある。ああそういうことか、と腑におちた。そして「是」とされるのみならず「善」とされたというのでびっくりした。「男くさいものをよしとする」というのも納得である。それは規模が違ってもバンドやハーレーダヴィッドソンに引き継がれていて、いわばマッチョなのだ。勝利とか、敵を打ち破るとかいったフレーズの多用に見られるように、勝ち負けの比喩ともなじみやすい、わかりやすい「勝ち」プログラムのパッケージなのかもしれない。)

 

 震災と事故を経て、私が通っていた聖霊派の教会の中では、いままで以上に平和という言葉に厳しい反応をする(かみつく)人が増えたような気がした。それは平和という言葉に政治性(運動とか)を見いだし危険視しているからではないかと思う。この状態は、あまり良く無いと思う。さらに、新改訳聖書の「平安」とは違って(本当は同じらしいが)、「平和」という語を使用する新共同訳聖書という断絶したキリスト教を想起させるのだろうかと勘ぐりたくなる。

 教会員の中の正規雇用者も減る中、いろいろな点で先行きを考える必要があるのだが、どんな策が出てきたかというと、役員会というのはあるらしいのだが、誰が役員か明言されておらず、話し合いは非公開なので、そこらへんの内容は分からないが、教会員への報告としてメガチャーチというのがあった。また役員で、世俗の仕事では教員をしているご家族などは、どんどん発電してどんどん作ってどんどん売ってどんどん儲けることが一番!私たちには神がいる!疑わずに信じなさい!とご発言になり、私は一緒にはやっていけないし、価値観が違いすぎると思った。どうも常日ごろから話を聞いていると、神とはまさにアダム・スミスの言う「見えざる手」であり、われわれは何事も心配せず信仰をもって神に信頼して「バンバンやればいいだけ」であり(In God we trustと同じ心性か?と言いたくなる)、市場原理の万能性の一部に神がいるらしかった。

 私は不勉強であるが市場原理が神の原理だとは考えていないし、全世界が市場原理に包摂される未来が輝かしいとは思わない。市場原理における合理的経済人をモデルにして、そのモデルに沿った人間を育成しようとも思わない。質のちがうものを一からげにして「選好」のカテゴリにおさめて計量する合理性は、計量したいという欲望ゆえであろうと私は考える。それはほんとうに相手を思い相手を知ることとは性質が異なるし、「愛とはなにか」を明らかにするものでもないし、何ら豊かなものを産み出し、人のためになるとも思えない。商業的な成功や繁栄が神の威力を顕すとも思わない。

 

次回は私が伝統的な教会で出会った「憐れんでください」という祈りから、次に進もうという話を書く予定。

 

つづく