Bluebelleのブログ

一キリスト者の雑感と日記。独り言が多く、更新は不定期です

字義どおりに読む聖書は死んでいた

まだまだ続く、私がいままで知らなかったキリスト教

私の場合、「いままで知らなかった」というのは、「異文化だから」とか、「馴染みがないから」という理由ではない。以前通っていたプロテスタント聖霊派)教会での生活が、非常に偏っていたゆえである。

だから他の教派の人からすると、そんなことも知らないの?!と驚くようなことも多々あると思う。

しかし恥をしのんでここに書くことで、自分の経験を整理し、成長につなげて行きたい。また、同様の環境にいる人が、自分の「キリスト教理解」とか「信仰」を考えるきっかけになればと思う。

 

この2年ほど、さまざまな教派の人が集まる聖書の学びに出席している。そのために註解や解説書のようなものを読むようになった。そして自分の聖書理解がいかに不足しているかを日々痛感している。

 

ちなみに以前通っていた教会は、特定の聖霊派の本は推奨するが、神学や他の宗派の人の書いた本は「信仰にとって危険」なものだと周知していた。哲学も「人を高ぶらせる知識」として忌み嫌われていた。聖書はそのまま字義どおり読むのが純粋な読み方であり、読めば霊感によって理解できる、というのがその教会の主張だった。

そんなわけで、福音書のテクストは霊感によって書かれたのだから、書いた人がどのような人か知る必要はないというのが彼らの主張だった。マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4人を「福音記者」と呼ぶこともなかった。なぜならそれらの人々は神に用いられて神の意を記しただけであり、彼らの意図とは関係ない、というのが彼らの主張だったからだ。その考え方によると、聖書のどの箇所もすべて、俗っぽい言い方でいえば「霊に満たされて」本人の意図とは関係なく書かれたということらしい。だからそれらを書いた人がどんな人かという点は無視してしてよい、書かれた言葉だけ字義どおりに読めばそれでよい、という説明なのであった。簡単に言えば、筆者ごとに関心や特徴が異なるにも関わらず、聖書は一般の書物とは違い「自由意志をもつ通常の状態の筆者」が書いたのではない、という説明によって、排除されていた。

 

そう教えられてきた私は、「人の意図によって聖書を曲げては大変だ」と信じ込み、「純粋な読み方」をすべく、註解書も神学書も、歴史解説書も避けてきた。そんなわけで、私はその教会を離れ、いろいろな教派の人が集う聖書の学びに参加してはじめて、聖書が編纂された歴史的背景や、新約聖書の記述の背景、当時の事情、「福音記者」(!)がどのような人だったのか、などなどを意識するようになったのだった。はじめは非常にきつい忌避感があり、「純粋な読み方をしていないのでは」、「タブーをおかしているのでは」と脅えていた。しかし、こうした分析的な読み方の初歩に踏み出すにつれ、知りたいという自分の気持ちに肯定的になりはじめた。自分自身の関心や興味が解放されると、不思議なことに、聖書が一方的な神の言葉の自動筆記の結果ではなく、自分と同様に意思があり、人生の営みを持つ人間が神との対話において書いたものであると感じるようになった。すると聖書が息吹をもつような、対話の中に息づくことばであり、その中に自分も参加しているように思えるのだった。

 

このような変化は、私にとっては不思議なことだ。この変化は聖書というテキストへの分析の視座だけにかかわらない。たぶんそれは、神と人間との関係のあり方についての私の観念を変化させたのだと思う。一方的に語り対話を拒む神の言葉から、異なる個と対話する神の会話に、筆者とも異なる自分が参加する対話へと、見方が変化した。

 

こうした大きな変化のほかにも、聖書を読む中で具体的に理解が変化した箇所が多々ある。次回以降はそのことも書きたいと思う。

 

 

「教会員」なのかキリスト者なのか

今日は前2回の投稿に続いて、最近通っている講座や聖書の学びから、以前通っていたプロテスタント教会での経験を振り返ってみたい。

 

以前通っていた教会では、週一回の礼拝や、弟子訓練セルグループという少人数の教会外での集まりで、②で挙げたような「正しいキリスト教」の規則が伝達され、共有されていた。さらにこうした規則のみならず、日常生活が「信仰深い」ものとなっているかどうかも関心事となっていた。それは「聖書を日常生活に適用する」とか、「神様を第一にする」といった言い方で推奨されていた。

 

この考え方では、神に捧げる人生を送るのがキリスト者の務めであり、それを実現しようというものである。そのような務めは、教会への献身的な(犠牲を伴う)奉仕、教会への協力的態度、聖書を読んだり祈ったりすることの厳守、②で書いた規則の遵守を指していた。そして教会員同士がセルグループに入って密接な関係を持ち、世に流されないために互いに励まし合うことが推奨されていた。

 

まあたしかに聖書は神を愛せよと言っているのだが、その教会では神を愛しているかどうかを主に上述の行為によって計っていたため、これらを行わないと、信仰が足りないとか、神を優先していない、と言われてしまう。そして実質的にはセルグループのリーダーが日常における信仰深さの測定基準を作っているようなところがあり、毎日どれだけの時間を聖書を読むことと祈りに費やしているかを尋ねられる。日常生活のあれこれを、正しく行っているかどうかが指導される。

また一人一人に聖霊の賜物が与えられており、それを活かして教会の役に立つ人間になるためにどのような研鑽を行っているか、といった話も「キリスト者なのだから当然」のこととして尋ねられていた。この場合、「教会の(直接の)役に立つ人間」というのが重要なのである。その教会は比較的規模が小さく、もう何十年も運営されているのだがとくに華々しい活躍はなく、親教会に認められたいという一心で教会としての業績を意識しているようなところがあった。教会員の中には、民間の団体で社会貢献の分野で立派な働きをしている人がいたのだが、それは教会の活動ではないからと切り捨てられていた。その分野の活動を教会で行おうというときももちろん、その人の助言を仰いだりすることはなかった。本当にもったいない話である。

 

実際にはそれぞれ仕事や学校があり、家庭があり、教会の外の世の中と関わらずに生きている人は一人としていないのだが、あたかも教会がすべてのように生きることが推奨されていた。それが洗礼を受けた者の「新しい人生」なのだということらしい。

 

しかしその教会やその界隈の外で、ほかの教派などに触れてみると、今のところ、そこまで閉鎖的なコミュニティを作ろうとしていない感じを受ける。私が最近出席している講座や聖書の学びでは、一人一人が異なる人生を持っていて、その一部として講座や学びに出ているという態度で接してくれている。もちろん聖書を毎日読み、毎日祈り、教会の奉仕をすることにも否定的ではない。しかし教会がすべてのように振る舞わなくても仲間であると認めてもらえているという感覚である。

 

この点でも、②で書いたような多様性の許容に大きく関係している。つまり以前の教会では、個々の社会関係が最も集中する場を教会にしよう、というよりも、その教会の人間として「生まれ変わる」ことがキリスト者としてのアイデンティティの獲得を意味していたのだろうと思う。これに対し、私が最近顔を出している学びのグループは、社会関係が教会や特定のグループに集中することはあれど、教会がアイデンティティを決定するわけではない、という考え方をしているのではないか。

 

私も含め、人はそれぞれ得意なことや苦手なことがある。そして得意なことを活かせる環境がいつも教会内にあるとは限らない。それを「「聖霊の賜物」だから教会で使うべき」として、教会員を「教会のために生きる人」に変えることが至上の価値になってしまっていたのではないか。それは実は本人のためにも、教会のためにもならないのではないかという気がしている。

 

「キリスト教」という「型」の違いと多様性の許容について

今日は前回の続きである。

カトリックの神父による講座や、今参加している聖書の勉強会と、私が知っていたプロテスタント教会やその界隈との違いから感じたことを書いてみる。


前回は、①「神」という語が出て来る頻度が違う ということを書いた。
今日は② 枠はあるが内容をこと細かに指示しない という点についてである。

 

私が通っていたプロテスタント教会では、「クリスチャンとしての規則」のようなものが礼拝の説教で語られたり、礼拝以外のディスカッションや聖書の学びといった活動、さらに「弟子訓練」という少人数での集まりの中で共有・再確認されていた。

それらは指針というより規則に近かった。内容は、酒とタバコは悪、神社の鳥居をくぐってはいけない、焼香は駄目、異なる宗教の儀礼に出席するのはタブー、といったものだった。これらは牧師、もしくは役員が聖書の抜粋箇所を参照して正当化し、行動への制約として述べていたものである。

さらにクリスチャン以外との結婚はよくても「遺憾」なものとして扱われ、ひどい場合には直接「神に逆らっている」、「不従順」、「不信仰」との言葉を投げかけられるのであった。

こうやって共有されたタブーのほかにも、もう少しトーンが弱い規則もあった。ファンタジー映画や小説、聖霊派・カリスマ派以外の著者の本、進化論を肯定する書物や学校、社会運動などなど。そして他の宗派はとても忌み嫌われており、キリスト教の仲間どころか、「敵」とすら表現する人もちらほらいた。

そういう「敵」の特徴として、「型」をもった信仰というものが挙げられていた。たとえば祈禱書、建物の様式、イコンや象徴の使用、典礼、教会暦。それらは「型」であり中味を欠いている、信仰は心の態度の問題でありわれわれは心を変える必要がある、「型」に頼るのは信仰ではない、「型」を信仰するようになって偶像崇拝である、といった理屈であった。立派な教会堂などをありがたがるのは中味を見ていない証拠である、という。

 

教会の週一回の礼拝も、弟子訓練という教会外での集まりでも、こうした「心を変える」ことで「新たに生まれ変わ」った日々の営為が教えられていた。こうした規則というのは、ある意味、分かり易い。チェックリストのようなもので、何をクリアしていれば胸をはっていられるか明らかなのである。

 

私もはじめのころはこうした考え方に疑問を持たなかった。しかしその教会を離れ、カトリックの講座に出たり、聖書の学びに出たりしているうちに、疑問をもつようになった。

そのプロテスタント教会(やその界隈)が言っていたような祈禱書、様式をもつ建物、象徴、典礼、教会暦といったものは言語化されない理解を人にうながす。その解釈は多様であるが、その講座はそれを当たり前として許容しているようだ。また聖書の学びを進める中で、以前は読まなかった註解書や神学の本なども読むようになったのだが、そうした本も個々の生活に踏み込んで矯正するような方向には働いていない。

 

それで考えたのだが、以前通っていた教会は、「型」を嫌うわりに、個々人を「型」にはめていたのではないか。キリストの救いによって自由になった、というが、その後の生活は規則を守ることで「新しく生まれ変わった」と見なされる。彼らはこうした規則を「律法」に準ずるものと考えており、旧約聖書と同じく人間には律法が必要なのだと言って正当化していた。

 

新しく生まれ変わったから規則がなくてもこれまでとちがった生活を送るようになった、というのとは逆の因果関係ができている。それが自由なのだろうか。ここには日本で一般的に考えられがちな「自由」という語の定義の誤解があるような気がする。自由という語は巷で「自分本位に好き勝手にふるまうこと」という意味で使われることが多い。だから制限すべきものとして認識されていることが多々ある。このあたりはもっとロマ書などを読んで考えてみようと思うのだが。

 

一つ現時点で言えるのは、型にはまった信仰と思われるような、お堅そうなカトリックや伝統的宗派の聖書研究が、実は個々の多様性を許容していることである。今出ている講座や聖書の学びは、生活態度に関する指示というものがほとんど無い。そういう指示を求める人には肩すかしなのだろうが、聖書を読み、考え、自分で判断させるように促している。

逆に型にはまらない本当の信仰という売り文句のところが、個々の生活態度に踏み込んで心をコントロールしようとしており、かえって個々の多様性を認めていないことである。

 

これらは「窮屈な伝統的コミュニティ」というイメージとごっちゃになって、見過ごされているのではないかと思うことがある。前近代的な伝統的コミュニティと昔は言われていたような地域に行くと、皆に共通するゆるい枠を守れていれば、それ以上踏み込まない、個の違いを許容する地縁関係があったりする。「あの人はそういう人」、「それはあの人の好み」、で済むようなことまで、ことさら同化させようとはしない。

そういうわけで、伝統的な宗派が多様性を許容できる仕掛けと体勢をもっていることに気付いたのだった。

 

神の名をみだりに唱えていた?

さて、前回の投稿で書いたカトリックの神父による講座や、今参加している聖書の勉強会について。

私が知っていたプロテスタント教会やその界隈と、以下の点が違うと感じた。

① 「神」という語が出て来る頻度

② 枠はあるが内容をこと細かに指示しない

③ 自己啓発的な「生き方指導」がない

 

今日はこの①を取り上げる。

 

私が知っているプロテスタント教会は、何かにつけて「神」を語っていた。

「神はあなたに最高の人生を用意しておられます」、「神は愛です」、など、神を主語にする語り。また「神は今、◯◯を計画していらっしゃいます」といった語りなど。

このような傾向は、その教会の教会員が参加する集会などにも見られるものだった。だから当時はその特殊性を疑問視することがなかった。

たぶん2時間の礼拝のうち、聖書の朗読でない場面(説教、ワーシップソング、アナウンスなど)で、「神」という語が出て来る回数は、平均5回を下っていなかったと思う。

 

しかし、今通っている聖書の学びでも、このカトリックの講座でも、神を主語にした語りが非常に限られている。

このカトリックの講座では、「善きこと」、「善きもの」、「善き方」という語が出て来るのだが、これらが「神」に相当する意味で使われているような気がする。そして神に関する理解は、聖書の箇所を示して、各自が読む中で理解するような構成になっている。

また、以前の教会の教会員たちが読みもせずに悪口を言っていた書籍や宗派(FEBCキリスト教放送のホームページに寄稿したりしている方々)と対立しない聖書の学びに通う中でも(ちなみに私はそうした方々の本を今は参考にさせていただきながら学んでいる)、聖書の具体的な内容との関連で「神」という語を使用することはあれど、感話の中で「神は◯◯です」などと語られることが少ないと感じた。

それで、以前の環境でやたらと「神」とか「イエス様は」を連発するのは、実は不遜だったのではないかという気がしてきた。

 

そうした主語で語ることのあやうさは測り知れない。

第一、神を信じている、イエスを信じている、と言うことと、自分は神について語れるほど神を理解している、と言うことは違う。

神とはどのような方か、という説明は、以前通っていた教会では、「神は愛です」、「神はみなさんを祝福する方です」といったようになされていた。それらは聖書に書いてあることを要約し、中から抽出して語られている。聖書を読まなくても「だいたいこんなところだ」という程度に、スローガン的に神を語れるようなフレーズになっている。これは神と「直接つながり」、宣教を行う個を大量に生産するには都合のよい、分かり易いフレーズである。こうした言葉は「聖書に書いてあるらしいのですが」という前置きを省略して語られるため、あたかもその人本人が直接見聞きしたかのような表現になっている。しかしこうした言葉に到達するまでの経験や、聖書と向き合う中で建て上げる厚い関係性というものはそこに含まれていない。実際には「聖書にはこう書いてあるらしい」という以上の説得力も厚みももたない。それなのに「〜です」と言い切ってしまうこと自体が、軽薄であり、不遜であると私は思うようになった。

 

たまに神を身近で親しみやすいフィギュアのように語る人も散見されるが、これもそのような軽薄さの一種なのではないかと思う。とくに、神を父として、それもベタベタの甘やかされた同類の関係のように語り、自分は神様というdadのbabyなの、などと語る人がいるが、「親しみやすいアイドル」との関係になぞらえて、何か勘違いしているのではないか。そこに不在なのは、畏怖だ。私は怖がれ、恐怖を知れ、と言っているのではない。他人という人間すら知り尽くすことができないのに、まして神というとてつもない方を「知っている」ように語ること自体が、神を矮小し、手軽なアイドルのように扱う、とんでもない行為であると思うのだ。本当に知っていたら、その偉大さに対する畏怖が生じると思うのだが、「神と親しい私」というシナリオだけに捕われているだけではないのか。

 

さらに危ないのは、神を代弁できると思っていることである。

そうした代弁は「神は今、◯◯を望んでおられます」などといった形でなされる。「聖書に書いてあるところによると」という前置きを省略した前述の言明よりさらに圧力をもつ言い方である。この言い方は、人間が語っているというのに、絶対意思、絶対服従の意味を伴う。これは聞く人を支配しコントロールにつながる、とんでもないことである。こうした言い方が、教会の運営やイベントの計画、さらには教会員の進路に至るまで適用され、聞いた人は牧師や役員が本当に神を代弁する「油を注がれた器」だとして恐れ、服従してしまう。

 

頭がしっかりしていれば、そんなことを言って圧力をかけること自体がおかしいと気付く。しかしこうした「標語的な信仰」の枠の中で、パターン化された言動だけが承認されることを繰り返していると、自分の頭で考え探る力が失われて行く。「神」との関係についても、パターン化された言説や指標を参照して「神との関係」を語り、評価されることの繰り返しにとどまってしまう。自分は神を本当に理解しているのか、もっと理解したい、と思うにせよ、こうした言説との一致が到達目標になってしまうため、それを突き抜けることはできない。この言説を天井として、その下で手を変え品を変え、「信仰ストーリー」を紡ぎだす。しかしその言説の外には信仰はないのか?神はその言説の籠のなかに住まわれるのか?

こういう型に捕われていたら、その型自体を信仰の対象にしているのと同じなのではないか。こういった、他人が言明する「神」の理解をコピーして、神の名をみだりに唱えることは、人間には到底不可能であろうけれども真実を知りたい、という信仰とは全くちがうと思う。

 

一年ぶりの近況

なんと2016年に一回記事を投稿したあと、さらに一年が経ってしまった。

 

二年前に、自分の知っている教会がすべてではない、キリスト教を理解するには、私が自分の知るプロテスタント界隈で得た経験や知識では足りない、むしろ理解を妨げていたかもしれない、と気付いた。

 

今は、2015年に通い始めた聖書の学びに定着し、聖書の精読に近いことをしている。少し余裕が出てきて、当時の歴史文化的背景や原語にも関心を持ちながら読むようにしている。

教会には通っていないが、自分の心の健康は建て直されてきたと実感している。特に、好戦的な攻撃性から離れたことは、自分にとって本当に良かったと思っている。

 

しかし正直なところ、以前の「教会の教え」がひどく自分の内面を蝕み、今もその影響に苦しんでいることも認識している。

 

前に通っていた教会は、カトリックや、プロテスタントの他の宗派、神学、哲学を毛嫌いしているところだった。

二年経って、いまだにその禁忌による忌避感が残るにもかかわらず、私は最近カトリックの講座に数回出席した。

ここでも新たに気付くことがあった。

この講座は神父が宗教哲学を参照しつつ語るものなのだが、初心者向けということもあり、膨大な参照文献と付き合わせて勉強をするような内容にはなっていない。聞く人が聞けば、キリスト教の歴史に重要な哲学者の議論が盛り込まれていることが分かるのだと思うが、私はあまり詳しくないので、おおよその見当をつけて聞いている。

 

今後はあまり間をおかずに、気付いたことを書いて行こうと思う。

 

この半年のこと: ①教会の総会を初めて見学

なんと前回ブログを更新したのは2015年12月であった。

半年近く間が空いてしまったので、その後の私の気づきや変化、とくにキリスト教信仰と関係のある個人的な話を書いてみようと思う。

 

去年は新たに顔を出していた教会で、総会というものがあり、誰でも歓迎というので出させてもらった。前に行っていた教会には総会というものはなく、私にとっては初めてのことだった。いったい何が議題となるのか、話し合いの姿勢(意思決定)の実際など、実際に見てみたかった。そんなの見る必要ないかもしれないが、いままでどこでどうやってどんな話がどう決まっているのか全く見えない教会にいたので、むしろこんな「当たり前」のことを自分の目で見てみたいと思った。

ある意味、自分の不信感や不全感を放置しないための行動だったと思う。

 

総会では、役員も教会員もそれなりに発言して意見を述べており、「それって教会ではちょっとどうなの」的な話を内輪で「まあまあ」と丸く収めたい人もいれば、丁寧な言い方でも「ダメなものはダメ」と釘を刺す人もおり、こういう公共の場で参加者が自分の主張を明確にできるのは良いと思った。まあ、この総会以外にも可視的な意思決定の段階があるだろうし、不可視の場もあるのだろうし、それらがどうまとめられるのかは分からないが、全く見えないよりはずっとよい。というか、思いのほか自分が言うべきことを自然に言っているかんじの人が多くて、風通しのよい意思決定プロセスの大好きな私にとっては、こういう場ってあるんだーと感心したくらいだ。

長老制の教会や会衆制の教会ではまた違うのだろうけど、見せてもらってよかった。

 

しかしその後、とくにご年配の方々から、熱いまなざしを受けるようになったが、自分には引き受けられないと思い、顔を出すのをやめた。

お年寄りが多いから、少し年下なら…と思ってしまうのは分かるが、私はいまだに求職活動中で、うつ病の回復の様子を見ながらパートを始めたいと思って動き始めたところだ。私は求職活動中だから、職が定まってから行ったほうが、「いろいろ手伝ってほしいx無限」の波に飲まれないためにはよいと思う。

1代目の教会は世代交代に当たってどうするのかな



お百姓見習いのトンちゃん様という方が書いていらっしゃる、「どこかに泉が湧くように」というタイトルのブログを拝見し、2013年2月に書かれた記事が、今の私が持つ感覚とよく似ていると思った。


http://spring496.blog.fc2.com/blog-entry-200.html


しかし私が自分のブログに書いてきた、私が以前通っていた聖霊派の教会は、すでに2015年も暮れようとしているこの時期に、イベント路線をまっしぐらに進んでいるようである。


消費文化に誘導されていること、イベントに頼るしかアイデアがないことなど、教会の外を見るまでは「教会とはそういうもの」と思っていた。

ちょっと考えれば分かりそうなものだが、以前の私はこのトンちゃん様の記事のような意見や情報に今まで接していなかった。見聞を広げ過度の一般化をしないよう気をつける姿勢を持っていなかったことが悔やまれる。


そうしたライフスタイルや教会の活動のモデルなどに限界を感じるという点は私も同様だ。

上記のトンちゃん様の記事は、そのことをすでに2年前にご指摘だったというわけである。


私はその教会を離れたが、アメリカ風の大衆伝道型イベントと消費文化の組み合わせこそがキリスト教なのだと信じる前の教会の人から連絡をもらうたびに、複雑な気分になる。


なんで今さら大衆伝道型イベントなのかという問題には、私が思うに、たぶん2つの理由がある。

一つ目は、戦後にできた1代目の教会として、将来へのビジョンというと、「大衆伝道型イベント」モデルやスタジアムのようなメガチャーチ建設しか思いつかないこと。

元々他の教会との親交が薄いうえに、同じような教会にしか目が向いておらず、広くプロテスタント諸派を知ろうという姿勢はない。

なぜこの時期に積極的にイベントに手を延ばしはじめたのかと言うと、世代交代に当たって、先へのレールを敷きたい、その上で次の世代にバトンタッチしたい、その際ビジョンが必要だ、というわけみたいだ。

それで今さらイベントに積極的に手を貸し始めているようなのだ。


二つ目は、これまでのその教会の意義を、時代背景をすっ飛ばして「今」確認しようとしていること。

その教会の一世代目の人たちの話を聞いていると、存続が何にも優って重要だと思っていることが伝わってくる。自分たちが立て上げた教会であるとの自負から、次の世代に受け継がれるかどうかが教会の価値を表す、つまり次世代が「今まで「この」教会がやってきたことの価値」を認めれば引き継がれ、価値を認めなければ捨てられるように考える人もいるようだ。


存続より、信仰的に成長の助けになってるかどうかのほうが大事、と私は言いたい。そして、最近多くを学んでいることは、聞かれるたびに伝えてきた。

その教会に行かなくなってから(実はむしろ離れてからのほうが)、とはわざわざ言わないけれど。


でもこうなると、正論かどうかという問題ではないんだよな。感情的に、教会が「今まで」取ってきた歩みの価値を、「今後も」同じ方向でやる、と表明することで、これまでの価値を測ろうとしているわけだから。

何だかんだ言って、教会運営は、1代目の人達の人生プロジェクトだったわけだから。

そうやって感情的に確認したいという年配者に正論を言っても、愛のある対応というより、正論振りかざしにしかならないよなあ…。


私はトンちゃん様とは違い、今、自分がそこで育った(受洗は成人期以降だが)ことは脇に置いて進める状態になりつつある。だから傍観者的に考えたのだが、その「アメリカからやってきたかっこいいキリスト教」路線で行くにしても、世代間のギャップを埋めるのは大変だろうなと思う。

教会に限らず、教会外にも言えることだが、まずもって経済力が違う。そして大きいことは良いことだという感覚もない。

とても実践的な地平に立った話をするなら、若者をターゲットにするにしても、シュミがズレていると思う。今の若者と付き合いがあれば分かると思うのだが(キャンパスを歩いて観察してみると良い)、昔の若者に通用したスタイルは、現代のポップカルチャーとは違う。ヒップホップのはるか前のスタイルだもの。


いずれにせよ、次世代に「確かな」道を用意してあげたい、という善意からこのような状態に陥っているのが分かるぶん、複雑な気分 というか心が痛む。


これまでのスタイルしかない、と思わず、諸派に目を向けてほしい。まあ、これまで「感動に満ちたバンドのワーシップ」で単独でやってきた人達だし、そのスタイルこそが教会の特徴となっていたわけなので、パイプオルガンの教会のスタイルを学ぶなんて、プライドを捨てなければできないことではあるが。


そして、正直なことを言えば、彼らがバトンタッチしようとしている教会内の若者たち(男子に限定されている)は、今まで親元を離れたことがなく、「自分でやってみる」ことをしないで来てしまった人達が大半だ。

安全で安定した道を用意してあげたいのは、分かる。しかし、今がバトンタッチ前の準備期間であるならなおさら、他の教会の働きに加えてもらって親元を離れて学ぶなど、広くプロテスタントの教会を見る機会を得たほうが良いのではないかと思う。


それにしても、トンちゃん様の記事からも分かるように、同じような分岐点に立つ教会は、実は相当数あるのではないだろうか。


今の私にできることは、やはり祈ることだろう。